東京高等裁判所 昭和50年(う)2611号 判決 1976年7月13日
主文
本件各控訴をいずれも棄却する。
被告人三名に対し当審における未決勾留日数中各二〇〇日を原判決の各本刑にそれぞれ算入する。
理由
本件各控訴の趣意は、弁護人高橋耕及び被告人宇治田宏各提出の控訴趣意書にそれぞれ記載するとおりであり、これに対する答弁は検察官検事井上勝正提出の答弁書一、二項記載のとおりであるから、ここに、これらを引用し、これに対し当裁判所は次のとおり判断する。
一、弁護人の控訴趣意第二点、訴訟手続の法令違反ないし事実誤認をいう主張について。
所論は、これを要するに、原判決が原判示第一及び第三の各事実の認定の証拠として、特信性に疑のある在日ソ連大使館領事部長ア・ベ・シャーロフ作成の「在日大使館の調査書」と題する書面を採証したのは、刑訴法三二一条一項三号に違反しており、しかも右書証は被告人らの犯行と大使館員の受傷との結び付きを立証する唯一の証拠であるから、右訴訟手続が違法な以上、原判示第三の三の被告人らの大使館員に対する傷害の点は無罪とすべきであり、原判決にはこの点において事実誤認のかしがある、というのである。
所論に鑑み、記録を調査すると、原審において、検察官の前記書証取り調べの請求に対し、弁護人が同意しなかったので、検察官は右書証の作成者であるア・ベ・シャーロフを証人申請し、原審がこれを一旦採用したこと、並びに同人は在日ソビエト社会主義共和国連邦大使館領事部長であって、いわゆる外交特権を行使すべき地位にあり、わが国の法廷における証言義務を免除されている者であることがいずれも明らかである。したがって、右の者が証言義務の免除を放棄しない場合には、公判期日においてその者の供述を得ることはできないわけであるから、その者の供述書が存在し、かつその供述が犯罪事実の存否の証明に欠くことができないものであって、しかも特信状況のもとになされたものであることが認められるときには、刑訴法三二一条一項三号によりこれを証拠とすることができるものと解すべきである。本件においては右の者が外交特権を行使して原審のした証人喚問に応じなかったことは記録上明らかであるし、かつ右の者の供述が原判示第三の三の犯罪事実の証明に欠くことができないものであることは所論の認めるとおりであり、また特信性についても疑を容れる余地はないものと認められるから、原審が右の者の供述書を前記刑訴法の規定により証拠に採用した措置に所論の訴訟手続の法令違反のかどはなく、しかして原判決挙示引用の当該各関係証拠を総合すると、原判示第三の三の犯罪事実は優にこれを肯認することができるから、原判決には所論の事実誤認を疑うべきかども認められず、論旨はいずれも理由がない。
二、弁護人の控訴趣意第一点及び被告人宇治田宏の控訴趣意、量刑不当をいう主張について。
所論に鑑み、記録並びに原審及び当審取り調べの証拠を検討し、これにより認められる諸般の情状を考慮すると、原判決が、「量刑の理由」の項において、本件犯行の動機、態様、結果、わが国の外交関係や国際的信用に与えた影響等に鑑み、その刑事責任は重大であるとして詳細説示するところは、当審においてもそのとおり首肯することができ、本件犯行は、被告人らがフォード・アメリカ合衆国大統領の来日を目前にひかえ、米ソ二超大国による世界分割を阻止しなければならないとの切迫した危機感を主観的に抱き、ソ連大使館に対する抗議の意思表示として敢行したものであること、被告人らがいずれも若年の身であり、就中被告人大矢は本件犯行当時未成年者であったことなどの所論の情状を被告人らに有利に参酌しても、被告人らを各懲役四年に処した原判決の量刑はまことに相当と認められ、時を同じくして同一の政治目的のもとにアメリカ合衆国大使館を襲撃した他のマルクス主義青年同盟の者らに対する量刑との均衡を失するとする所論も、同事件では、大使館建物における器物損壊の挙に出ておらず、また大使館員に傷害を与えていないこと、警察官らに与えた傷害の結果も本件のそれに比較してさほど重くなかったことなどの諸事情に照らし採用の限りではなく、原判決の量刑は、所論の未決算入の点をも含め、重きに過ぎて不当であるとは認められず、論旨は理由がない。
よって、刑訴法三九六条により本件各控訴をいずれも棄却することとし、刑法二一条を適用して被告人三名に対し当審における未決勾留日数中各二〇〇日を原判決の各本刑にそれぞれ算入することとして、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 木梨節夫 裁判官 奥村誠 佐野精孝)